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2018年6月 2日 (土)

書評「AI vs.教科書が読めない子供たち」&「人工知能はどのようにして名人を超えたのか」

AI関連で最近AI vs.教科書が読めない子供たち(新井紀子著)と人工知能はどのようにして名人を超えたのか(山本一成著)をまとめて読んだ。新井さんの本はAI専門家からの批判も多いが個人的には概ね納得できる内容だった。
 
ただ、最近の子供が読解力がないことについて、昔はどうだったのかという分析がなかったのが残念。おそらくは、昔も今も同じくらいの割合で読解力がない子供がいて、そういう子供が大人になっても今の社会はちゃんと高度な読解力を必要としない様々な職業にありつけていたのだと思う。そして、それはAIが発達した未来でも変わらないのでは。
 
山本一成さんの本は、最新のAIの進化が分かりやすく書かれていて、AIが詳しくない人でも充分に理解できるものだと思う。個人的には、将棋の電王戦を将棋棋士に感情移入していた側から見ていたが、プログラマ視点でどんなことを考えていたか興味深かったです。
 
この本を読んで一番印象に残ったのは、人は進化を直線的に考えるが、人工知能は指数的に成長して、それを人間は直感的に理解できないということ。はるか後ろにいると思っていて、それがあっというまに抜かされるという将棋棋士の経験は、いずれ人類が味わうという指摘は鋭いと思う。
 
士業もAIにとって代わられるという最近のニュースに対して、そんなことはないという士業側の反論があるが、もしかしたら電王戦の前の将棋棋士と同じ立場かもしれないね。あと、この本を読んで思ったのが、AIの開発は極めて属人的だということ。結局はプログラマの才能でAIの良し悪しが決まるそうで。
 
将棋ソフトも、もし山本一成さんがいなければソフトが名人に勝つのはあと3年は遅れていたかと思う。そして、もし山本さんが新井紀子さんの東ロボくんプロジェクトに関わっていたら、AIが東大入試を楽々解くソフトを開発していたかも。
 
おそらくは、新井紀子さんのチームは、AIの指数的な進歩を理解できていなくで、あと一歩のところでプロジェクトを中止してしまっていたような気がする。
 
東ロボくんがマーチあたりの入試問題を解けるまでに進化していたのだから、いくつかのブレイクスルーが必要だとしても、指数的に進化したら東大入試を解くのに苦労しないレベルまで達していたと思う。
 
あと、両者の本の対比で面白いのが、新井紀子さんの本ではAIは文章の意味が理解できないが、山本一成さんの解説では最近のgoogle機械翻訳では文章の意味も加味してAIが翻訳しているということ。2016年秋にgoogle翻訳はニューラルネットワークを導入して翻訳精度を飛躍的に上げたが、ここまでのgoogle翻訳の進化はほとんどの人が予測できなかったと思う。
 
そして、それは現在進行形で進化し続けているんだろうね(翻訳者にとっては、死活問題かも)。そうなると、AIは高い精度で文章の意味を理解する日が来るのもそう遠くないかもしれない。
 
シンギュラリティについて。新井さんの本ではシンギュラリティは絶対ないと断言し、山本さんの本では予測だけどあり得ると見解の相違がある。個人的には新井さん側寄りで、シンギュラリティは起こらないような気がする。単にシンギュラリティが全く見当がつかないという理解不足もあるかもしれないが。
 
いずれにせよ、両者の本はそれぞれ難しいことを分かりやすく説明していて、伝道師的な能力はすごいと思う。特に山本一成さんはAIの最前線のことを簡単な図面で誰にでも理解できるよう文章が考え込まれていて、人工知能界の池上彰的な存在だと思う。
 
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